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去年11月、ワイドショーで救出劇が生中継されるほどの
大騒ぎとなった徳島の"崖っぷち犬"。
最後は、崖から落ちて危うくネットに収まった映像を
覚えていらっしゃる方も多いでしょう。
先日、その引き取り先が決まりました。
飼い主は、67歳の女性で犬を飼うのは初めてだそうです。
テレビのインタビューでは
「きちんと飼い続けられるよう、健康に気をつけます」
といった趣旨の発言をしていました。
その映像を見て、私は
熱心な飼い主に出会えて良かったなと思う反面、
ちょっと心配になりました。
というのも実は今、医療技術の飛躍的な進歩によって
犬の寿命が伸び続けているからです。
東京農工大大学院の林谷秀樹教授の調査によれば、
2002年8月?2003年7月の平均寿命は11・9歳。
崖っぷち犬は、生まれたばかりだそうですから、
飼い主の女性は80歳くらいまで
面倒を見なければならない計算になります。
まさに「老老介護」です。
なぜ、私がそんなことを言い始めるのかというと、
かつてひょんなことから老犬の介護に向き合った方を取材し、
その苦労を目の当たりにしたからです。
鎌倉市材木座に住む齋藤彰さんは、65歳。小学校の元先生。退職後は、市の教育センターで働いています。

齋藤さんが鎌倉市立第一小学校の校長を最後に教員生活にピリオドを打ったのと時を同じくして、愛犬のクー太の衰えが目立つようになりました。
クー太は、当時15歳の柴犬。
持病の白内障が悪化し、両目の視力を失いました。
さらに足腰も弱り、自力で歩くのも困難になります。
齋藤さん一家にとってクー太は、家族同然の存在でした。
妻の千歳さんも教師で共働きの齋藤さん夫妻。
帰りが遅くなりがちな夫妻に代わって、
2人の子供達と遊んでくれたのがクー太でした。
姉の真由さんは、会社を辞めて将来、
どんな道に進もうかと思い悩んでいた時期、
クー太と一緒に海岸を散歩して、
教員採用試験に挑戦しようと決断することができました。
弟の篤さんにとってクー太は「弟分」。
働いている両親の帰りを待つ間の
遊び相手になってくれただけではなく、
中学・高校時代、友人関係でつらい思いをしたとき、
じっと寄り添ってもらいました。
そんなクー太にできるだけ長く元気にいてもらいたい、
教壇を降りて比較的自由な時間が増えた彰さんは、
中心となって介護することを決意します。
介護は、視力を失い、記憶を頼りに歩くしかない
クー太がぶつからないよう、家具の位置を
寸分違わず変えないようにすることから始まりました。
食事にも気を使いました。
「男の料理教室」に通った腕を生かして、
野菜と牛肉とパンをバランスよく配合した
消化の良い「特製おじや」を作ってあげました。
目の見えないクー太のために
おじやを手にとって与えている姿は、
何とも微笑ましいものでした。
そして、何より大変なのは散歩でした。
プライドの高いクー太は、外でしか用を足そうとしないため、
彰さんは介護用のロープで身体を吊し、
首が地面につかないよう、あごにタオルをかけて
外に連れ出していました。
両手にタオルとロープを持って横歩きする彰さん。
空中浮遊するかのように足をバタバタさせながら、
ゆっくり進んでいくクー太。
やがて、この散歩姿は近所で評判となり、
通りがかった人たちから
「がんばれ、クーちゃん」と応援されるようになりました。
さらに、日によっては夜鳴きがやまず、
明け方に散歩に連れ出すこともしばしばでした。
こんなことが続くと普通なら弱音や愚痴のひとつも吐こうものですが、彰さんはつらそうな表情を見せるどころか、楽しんでさえいるようでした。
つらいと思ったことはないかと聞いてみると、「食事を食べたとき、はげた尻尾を床に叩きつけて喜んでいる様子を見ると、何とかしたいって思うんだよね」と笑顔で答えてくれました。

人間の世界では、介護に疲れきった息子が
老親を手にかけてしまうといった、
やりきれないニュースも飛び込んでくるようになってきましたが、
必死に生きようとする老犬クー太と、
それを温かくサポートする彰さんと家族の姿に、
すがすがしいものを感じました。
さて、その後、クー太と彰さんの
介護生活はどうなったのでしょうか?
続きは、このほど文藝春秋社から発売された拙書、『老犬クー太18歳 一匹の柴犬と家族のものがたり』にてお楽しみください。

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